もういちど始めること

もしかして、本当に気が乗らない今このときしか無いんじゃないだろうか?

21世紀初頭、ネット回線やFLASHの想い出

前回の記事でFLASHに触れて楽しかったので
インターネット老人らしく昔の思い出でも語ってみようかな。

ネット老人

私がネットを本格的に始めたのは丁度2000年頃で、いわゆるブロードバンドが普及し始めた頃だ。
あの高速ネットワークの衝撃をリアルタイムに体験した中では最も若い世代なんじゃないだろうか。
当時はチビッ子で、駄々をこねて父のPCを借りてネットをしていた。

いわゆる「パソコン通信」のような神話の時代は流石に知らないし、PC-98といった国産マシンに触れた事もないので、その頃に活動してた仙人達に比べたら若輩者もいいところだ。
(神話の時代はそもそもネット人口というか絶対数自体が少ないはずだが、仙人達は経験値が凄くて目立つので、探そうと思えば割とすぐ見つかる)

それと、2000年初頭は10代の子供がインターネットに書き込む事自体が割と珍しい事だった。
ネット掲示板やチャットなどで交流する際に年齢を書くと「わ、若い……」と毎回驚かれた。
逆に40代以上もさほど多くない感じで、いたとしたら学者とか専門家の方だった。
当時のネットの多数派は大学生~30代前後の若手社会人という感じの方が多かったように思う。

昔の回線の話

昔はPCの性能以上に回線が貧弱だったので、大容量の動画をネットで配信するのは実現困難な事だった。
だからネットで動画を扱うためには回線速度の高速化を待たねばならなかった。

FLASHというフォーマットが流行り始めた2001年頃は日本でブロードバンドというものが本格的に普及を始めた年でもある。
ブロードバンドとは何か? 直訳すると広い帯域。段違いの高速なインターネット通信を意味する言葉で、それまでの貧弱で狭い帯域を利用する通信はナローバンドと呼ばれた。
今のネットは速いのが当たり前なのでブロードバンドという言葉を聴く機会は逆にほとんど無くなった。

ナローバンドの時代

ナローバンドの時代は光ファイバーではなくメタルケーブル(銅線)に音声信号を通す電話網を利用した「ダイヤルアップ通信」が一般的で、ネットに接続してる間ずっとアクセスポイントへの通話料がかかった。
固定電話は通話先との距離が遠いほど料金がかかるので、普通は市内にアクセスポイントを持っているプロバイダと契約してそこを経由してインターネットに繋いでいた。調べた感じ、当時も今も市内通話は3分10円とかのようだ。
つまり2時間ネットに繋ぐたびに1,200円かかるわけだ。毎日4時間ネットに接続×30日なら計72,000円。市内にアクセスポイントが無い場合は泣く泣く市外に接続したらしいが、その場合は2倍とか3倍かかったという話だ。
しかもこれだけ金がかかった上で、今では考えられないレベルでカスみたいな低速だった。アナログモデムで最高56kbps 今どきの携帯電話大手の回線で容量を使い切った後の速度制限モードが128kbpsとかなので、その半分以下がご家庭におけるネット回線のMAXだったのだ。56kbpsというのはツイッターの縮小されたアイコン(概ね40KB以下)画像を1枚ダウンロードするのに5秒以上かかる世界だ*1

あとついでに、ダイヤルアップでネットに接続している間は「通話中」になってしまうので電話が使えなくなるという問題もあった。
当時は1人1つの電話など持っておらず、電話というのは「家」単位に設置されるものだった。
友達の家に遊びにいくから連絡しようと思って電話をかけたら親が電話に出るので取り次いで貰うとかそういうのが普通だった。
なので、家でネットしてる奴がいると家族にかかってくる電話を受けられない、電話をかけたいからネット接続を一旦切ってくれ……これも普通だったらしい。

流石にあまりに不便だったので、1995年に深夜の間だけ月固定の料金で繋ぎ放題になる「テレホーダイ」なんてものが登場したし
1999年には遂に月額固定料金で使い放題の「フレッツISDN」が登場し、使った量に応じて払わされる料金体系は去った(携帯電話の時代に戻ってきた)
ただ、デジタル化されてダイヤルアップよりは速かったものの、ISDNは電話網に過ぎないので正直遅かった。確か128kbpsで、ようやく速度制限されたスマホに並んだ程度。
我が家も「ISDNはじめちゃん」とかいうCMを見て父がISDNを導入し始めた思い出がある。父は趣味人で新しいもの好きだったのだ。
www.youtube.com

ブロードバンドの時代

ダイヤルアップやISDNと比べて劇的に高速な通信サービスであるADSLの登場から、大きく世界が変わった。
ADSLの速さの秘密は理屈だけを言えばシンプルで、あくまで電話がベースであるダイヤルアップは通話でやりとりする音声の周波数(0.3kHz - 3.4kHz)しか通信に利用していなかったが、銅線は素材的にはもっと高い周波数(初期でも1104kHz、後に約4倍)の電気信号も普通に流すことが出来たのでその帯域を利用したのだ。
後から理屈だけ聞けば、最初から高い周波数も使えば良かったじゃん? と感じてしまうが、高い周波数の電気信号を上手く処理出来る通信機器の実現には高性能なチップや技術研究が必要なので、そう簡単な話では無かったみたいだ。

なんにせよ、ADSLで劇的にネット回線は早くなった。ダウンロードなら調子が良ければ1Mbpsとか出るようになったのである。
ダイヤルアップの56kbpsと比べると実に約18倍で、ISDNで表示するのに毎回10秒待っていた大きな画像を1秒で表示する事ができた。*2
これは革命的なスピードアップだった。

後にADSLの技術も進歩し、更に光ファイバーという根本的に銅線より速いケーブルへの置き換えも同時に進んでいったので、今の光回線なら当たり前のように実効速度で100Mbpsとか普通に出る、つまりこの革命的に早いと喜んだ初期ADSLより更に100倍以上速くなった。桁違いだ。
そういう意味ではADSLの登場は序章に過ぎなかったと言えるのかもしれないが……しかし、ISDNADSLの時の10倍級のスピードアップを超えるほどの衝撃は感じなかった気がする。何故だろう?

ADSL以後の高速化は2000年代初頭から2020年までかけて「なんかいつの間にか早くなってた」みたいな感覚が強い。
多分、回線の高速化に合わせて画像や動画もドンドン大容量になっていったので「画像はサッと表示できるけど動画は読み込みに少し時間がかかる」という体感が基本的に変わってなかったからじゃないだろうか。

しかし、確かに高速化する回線や処理速度に支えられて個人のWebサイトはBlogやSNSになり、スマホが登場し、FLASHはmp4の動画になった。
質の大きな変化に気を取られて、じつは量が凄まじく増えている事を見落としていたという事かもしれない。
今、改めてニコニコの初期の動画を視聴してみると画質が想像以上に粗くてビックリする。ニコニコの都合で強制的に再エンコされて荒れたという事もあるだろうが、根本的に初期の動画は解像度が驚くほど低い。
レッツゴー!陰陽師」とか480*360しかない。参考までに、私が投稿した動画は全て1920*1080なので面積で12倍ある。
全ての私の動画に「レッツゴー!陰陽師」を横に4枚、縦に3枚の計12枚を重ねる事が出来ると考えると頭がクラクラしてくる。なにそれ??
改めて、ずいぶんと好き放題にリソースが使える時代に投稿者になったものだ。

FLASHというフォーマットについて

現在ニコニコやYoutubeで主流のmp4形式のように全フレームの画像を並べた映像を圧縮するのではなく、図形や小さな画像を計算によって各PCで動かして描画するのを得意としていたのがFLASHだ。

時代と容量

現代の動画は3分程度の尺でも当たり前のように100MBを超えるし、長編なら1GBを超える事も珍しくない*3
しかし、計算式や動きのデータは映像と違い軽量だったので、各PCがいちいち計算する方式であれば動きのあるコンテンツを10MB以下みたいな低容量で表現出来たのだ。というかFLASHで10MBを超える作品はそうそう無かった。1MBを切るものも珍しくない。*4
この容量はISDNでも5分待てば、ADSLなら1分以内に大抵のFLASH作品を再生可能になるという事で絶妙なラインだった。

FLASHはブロードバンド時代の初期、まだ1Mbpsがせいぜいの時代に、だからこそ重宝されたフォーマットだったと思う。
ナローバンドでも視聴出来なくはないが待ち時間が長く、現代においては純粋な映像をそのまま圧縮すれば済む。
ネットワークの高速化と共に台頭し、ネットワークの高速化によって役目を終えたみたいな感じだ。

FLASH映像の技法

写真のような画像は解像度の限界でガビガビになりがちだが、拡大しても粗が目立ちにくいシンプルな造形のキャラ*5のパーツを腕や胴体など分けてそれぞれ角度を変えたり拡大縮小して動かせば低容量ながらダイナミックな映像になり、そういった手法が多用された。
また、円や四角形などのベクター図形は完全に各PC側で計算によって描画されるため解像度や容量の問題が無かった。ベクター図形を組み合わせた美しいエフェクトもこれまたよく利用された。

これらの手法は現代に、aviutlその他のソフトで映像を作る場合にも変わらず通用すると思う。手間が物凄いだけで。
今はもっと楽な手法や強力なソフトが登場してるが、「編集が凄い!」と言われるような映像を作るアマチュアの戦い方ってそのへん変わらないのかもしれない。

FLASH黄金時代

そういった技を活用して作られた見事な映像作品や、逆にあんまり活用しないでガビッガビの画像をそのまま利用するなどした投げやりでシュールなお馬鹿作品が活発に作成され、当時のネットユーザーはそれらの作品を大いに楽しんだ。いわゆるFLASH黄金時代である。
FLASHは動画のためだけの形式というわけではなく、マウスで押せるボタンやキーボードによる操作、HTTP通信などの多様な機能を持っていたため「ゲーム」や「動きのあるWebページ」も作れた。FLASH黄金時代には動画だけでなくブラウザ上で楽しめるゲームも多数作成された。
もちろん、アマチュアの娯楽に限らず、企業による公式サイトやPRでも「美しく動く見栄えのいいWebページ」の実現に利用されていた。

というかそもそもニコニコやYoutubeも初期は動画プレイヤーとしてFLASHを利用していた。*6投稿者が上げる動画もFLASHのコンテナであるFLV形式が主だった。mp4をコンテナフォーマットとして選べるようになってからも、プレイヤー部分はしばらくFLASHであった。

衰退

多機能で便利なFLASHだったが、多機能さ複雑さ故にセキュリティ的な穴が相当あったらしく、しかもAdobe社の独自形式であるために対処もしづらいとかでWeb系のエンジニアがFLASHにキレている場面は定期的に見かけた。*7
決定的だったのはスマホ時代の到来で、特にiPhoneはセキュリティ的に危険な上に動作は重いわ操作もスマホ向きでないわという事でFLASHを速攻で排除し、Androidもそれに続いた。
自社サイトにFLASHを利用していた企業も「スマホユーザーには見えない公式サイト」になるのは嫌だったので急いでHTML5への置き換えを進めたし、そもそもAdobe社自身もFLASHのサポートは手に負えない状態で「はやくプラグインをアンインストールしてくれ」と勧告するほどであった。
こうしてFLASHを一般に見かける機会はほぼ無くなった。*8


ぶっちゃけ、スマホの時代にはYoutubeやニコニコのような動画サイトも既に存在が定着して今更感があるくらいだったし、録画したちょっとした動画を気軽にWebに投げるようなサービスもTiktok以前からポコポコ興っていたし
純粋な映像作品のためのFLASHというのはもう必要ないよね、というのはそうだろう。

ただ、FLASHってインタラクティブだったよなあ、というのはたまに思う。
ゲームも作れるようなフォーマットだから当然なんだけどクリックに反応したり、その結果映像が変化したり展開が分岐したりっていう「とらぶるうぃんどうず」みたいな作品とか、他にも触ってなくてもランダムで変化したり、映像が終了した後にもう一度再生を押してみるとオマケが再生されたり……みたいなギミックが盛り込まれてる作品があって、そういうのはとても楽しかった。
映像作品とゲームの境界が曖昧なFLASHという形態だからこそ出来た仕込みだったのかも。

現代でわざわざ動画投稿サイトではなくゲームやHTML5で動くWebページとして作品を公開したら「触ったら反応するギミック」があって当然となってしまうだろうし、逆に動画投稿サイトで入れられるギミックはそれほど多くない。
ニコスクリプトとかは多少あるけどこれもHTML5版になって昔より大幅に機能が減少した。昔はボタンとか作れたよね。
今のニコ生ではゲームを突然始めたりする事も出来るけど、これは生放送だしなあ。

私が知らないだけで、そういうFLASH的な精神を引き継ぐ動画サービスとかどこかに存在してるんだろうか?
あるのなら是非見てみたいな。多分無いような気がするけど……
ニコニコに今ある機能で何か仕掛けが出来ないものか、たまに考えてしまう。

*1:まあ当時は電話回線なので、今のネット回線の宣伝みたいに「最大○Gbps!」と宣伝しつつそれは理論値で実際にはその7割くらい出ればマシ……というようなベストエフォート式ではなく、56kbpsは割と安定して出るものだったようだ。ただ安定して遅くても嬉しくはない

*2:当時の主流のディスプレイの解像度はXGA(1024*768)で、つまりこれが壁紙の解像度だったが、これくらいの解像度の画像でも適切な圧縮をかけると100KB少々の容量に納まった。1Mbpsはつまり毎秒125KBのデータを落とせるという事なので結果1秒以内にダウンロード出来るという計算になる。そして実体験としても壁紙ぐらいの大きな画像をスッと表示出来て感動していた記憶がある

*3:CD-ROM一本分に入りきれないデータがホイホイ行き来してると改めて考えると気が遠くなりそうだ

*4:Nightmare Cityとか とらぶるうぃんどうずみたいに歌や映像が盛り込まれた作品でも10MBを超えてはいなかった

*5:2ちゃんねるのAA由来のキャラが扱われる事が多かった

*6:「原宿プレイヤー」と言えば古代のニコ厨は反応するかもしれない。2013年頃まで利用出来たプレイヤーはFLASH製で、HTML5製プレイヤーは当時は不安定な上に、見た目も慣れない事もあり「元に戻せ」という反応が散見された。私もHTML5に移る必要性は理解していたが、どうしても慣れないのでしばらく原宿を利用していた

*7:そういう人は当然InternetExplorerの独自拡張などにもキレていた。時代だなあ。

*8:映像作品は録画されたものがニコニコに転載されていたりするし、ゲームもその気になれば有志が独自に開発したプレイヤーで楽しむ事は普通に出来るのだが